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名古屋地方裁判所 昭和36年(ヨ)718号 決定

申請人 岡田隆 外一〇名

被申請人 かもめ自動車株式会社

主文

本件申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

(申請の趣旨及び理由)

申請人らは申請の趣旨として、「被申請人は申請人に対して別紙債権目録記載の金員を仮りに支払え」との裁判を求め、申請の理由として次のとおり主張した。

一、被申請人は昭和三一年より現在地に本社及び営業所を設け、後に美合営業所を増設し、一般乗用旅客自動車運送業を営業しており、車輌数は現在一三輌である。

申請人らは被申請人に雇われ、運転手として勤務しているものである。

二、申請人らは被申請人に対し別紙債権目録記載の未払割増賃金債権を有している。すなわち、被申請人は昭和三四年六月から昭和三六年五月までの二四ケ月間に亘り残業及び深夜業労働をなしたので労働基準法第三七条第一項の規定によつて割増賃金の支払を請求し得べきところ、その割増賃金額は別紙債権目録のとおりである。申請人らは岡崎労働基準監督署を通じて被申請人に対し右賃金の支払を求めたが、これに応じない。

三、申請人らは右未払割増賃金の早急な支払を受けなければその生計は危険に瀕する。

すなわち、申請人らは劣悪な労働条件を改善するため昭和三六年五月二八日岡崎地区タクシー労働組合に加入する申請外かもめタクシー支部を結成した。右組合は富士、岡崎、アオイ、かもめの各タクシー支部からなつており、春季賃上闘争として労働時間短縮、大幅賃上げを要求し統一争議に入つたが申請外かもめタクシー支部を除く他の三支部は妥結したに拘らず、被申請人は申請外かもめタクシー支部の要求に応じないで同年六月八日愛知県地方労働委員会に右争議の斡旋を依頼した。右申請外組合は第一回斡旋に応じるため同年六月二〇日実力行使を中止したところ、被申請人は右申請外組合員である申請人らを老朽車に格下げする配車転換を一方的に通告しこれを強行実施せんとするため、申請外かもめタクシー支部のみ再び無期限ストライキに突入し、現在に至つている。

被申請人は地方労働委員会の斡旋申請以来、右斡旋により解決すると称して右申請外組合の団体交渉申入を拒否し、同年七月六日には名古屋地方裁判所の仮処分決定を得、右執行後争議中に新たに雇い入れた運転手を使用して営業を再開した。申請外かもめタクシー支部を除く前記三支部において妥結した賃金条件は被申請人にも適用されるのに、争議経過中の被申請人の態度及び仮処分執行による被申請人側の有利からして争議の早期解決は益々困難となつている。

このような被申請人側の不法な態度による争議下において、申請人らは県外(特に長野県)出身者が多く、それぞれ家庭があり扶養家族もあるところ、病気、出産その他不時の出費と収入皆無のために生計状態は甚しく困窮し、争議開始以来現在まで生計は全て借入金でまかなつて来た実状にあり、借入金も底をつきかけているので、早急に右未払賃金の支払を受ける必要性がある。(疎明省略)

(当裁判所の判断)

申請人らが残業及び深夜業労働をしたときはこれが割増賃金を請求し得べきことは労働基準法第三七条第一項の規定により明らかであるが、申請人らがその主張の期間に残業及び深夜業労働をなし、その主張のとおりの割増賃金が存在することについて疏明がない。従つて本件仮処分申請は被保全権利の存在の疏明がない点において失当であるのみならず、保全の必要性も認められない。すなわち、申請人の主張するところによれば、申請人らが仮払を求める未払割増賃金債権は昭和三六年五月までに発生したものであつて、申請人らが今次争議に入る以前のものであるところ、疏明によれば、申請人らは争議まで使用者である被申請人から現実に支払を受けた賃金によつて一応の生活を保つていたが、右争議行為以後は生活が極度に困窮し、他からの借入金によつて生計を得ている現状にあるものであつて、申請人らの生活が右の如き状態に至つたのは争議行為による賃金(割増賃金部分を除く)の支払杜絶に由来するものであることが認められる。右の如く申請人が被申請人から支払を受けた通常の賃金によつてその生活を維持するに足りるものである以上、右賃金に対し附加的なものであつて直接には生活の維持に関係のない残業及び深夜業による割増賃金の仮払の必要性はないものといわなければならない。

ところで申請人らは争議行為をなす以上雇傭契約上の就労義務を履行しないのであるから、右争議期間中はこれが対価としての賃金請求権を失うものと解すべきであり、たとえ正当な争議行為自体が法規上認められているからといつて、それは雇傭契約違反による解雇乃至損害賠償の請求を受けないというにとどまり、使用者である被申請人もまた争議行為により損害を受けながら、これが補填を求められないのであるから、右以上に出て労働者である申請人に対し就労がないのに、対価としての賃金の支払が受けられるという一方的利益までも与えなければ争議における労使間の対等の力関係が保持されないものということはできない。よつて争議中は申請人らは賃金請求権を失うものというべく、これが支払なきことによる生活上の困窮は争議行為に必然的に伴うものとして当然申請人らの忍受しなければならないものであつて、現在における申請人らの生活状態に基づく右未払割増賃金の仮払の必要性を判断するに当つては、右の如き争議行為により招来された事態を除外して考えなければならないから前記の割増賃金の仮払の必要性のないことは、争議行為の存在によつても何ら左右されないものというべきである。

申請人らは仮払仮処分の必要性として、過去における割増賃金の不払により申請人らの生活が既に困窮していたところ、本件争議に入つたが、これに至る経過及び争議中における被申請人の不法、不誠意な態度によつて本件争議の解決が長引いているので生活が危殆に瀕する旨主張するが、前記認定のとおり争議前においては申請人らは支払を受けていた賃金によりその生活を維持し得ていたものであり、又被申請人の申請外かもめタクシー支部組合に対する態度が不法、不誠意であるとの疏明はなく、仮りに被申請人の態度が申請人ら主張のとおりであるとしても、争議中の使用者の態度如何によつて労働者の賃金請求権が発生する余地があるというものではないから、被申請人の態度如何にかかわらず、申請人らが争議中は通常の賃金の支払を受けられず、そのための生活の困窮は忍受すべきであるとの事情を変更する余地はなく、右主張は失当である。したがつて未払割増賃金の仮払の必要性は認められない。

よつて、申請人らの本件申請人は失当であるのでこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 伊藤淳吉 村上悦雄 渡辺一弘)

(別紙)

債権目録

未払賃金額

岡田隆

金二九五、五五一円

昭和三四年六月分より

同三六年五月分まで

佐藤昌助

金二五五、九一三円

同右

伊奈健三

金二五九、六六六円

同右

前田信夫

金三一六、二六〇円

同右

粟村武夫

金二五六、四〇八円

同右

三浦久男

金二八五、九二七円

同右

小野寺実

金七四、二八九円

昭和三五年一〇月分より

同三六年五月分まで

加藤正昭

金一九五、九七一円

昭和三四年九月分より

同三六年五月分まで

鈴木秀夫

金五九、三四二円

昭和三五年一二月分より

同三六年五月分まで

小西清治

金六二、七〇三円

昭和三五年一一月分より

同三六年五月分まで

荒井市郎

金一四、〇四四円

昭和三六年四月分より

同年五月分まで

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